■とっておきのキミ(2)■

皆が帰った後の室内は、先ほどまでの賑やかさから一変、本来の静けさを取り戻した。

「なんだか急に静かになったね。」
「そうだな。」
「みんなが頑張ってくれたおかげで、大してやる事も残ってないし。ボク達も休憩しようか?キミ、全然休んで無かったでしょ。」
「言われてみれば、働きづめだった気がするぜ。」
「じゃ、座っててよ。適当に見繕ってくるから。」

そう言うと、遊戯はやけに楽しげにキッチンへと消えた。
二人の新居は流行の駅チカ2LDK、家賃は若干高めだが二人で払っていくのだから問題ないし、広さの方も申し分ない。
そもそも、物に執着の薄いアテムの方は荷物は少なく、引っ越し用ダンボールの殆どは遊戯の物ばかりだ。

「お待たせ。残り物ばっかりでゴメンね。そのかわり、これ飲もうよ。」
「みんなに渡したワインだな。余ったのか?」
「違いますー。ちゃんと余分に買っておいたんだ。キミと飲もうと思ってさ!」
「相棒、酒飲めたっけ?印象にないんだが。」
「ボクだってもう大人だから、酒くらい飲めるって。」

そんなものなのかと思いつつ、アテムは上機嫌の遊戯を見つめた。
今までも実家で一緒に暮らしてきたが、やはり二人きりと言うのは勝手が違う。
甲斐甲斐しく自分の世話を焼く姿に、これからも笑顔の遊戯を見ていられたら良いと、心の中で呟いた。

「はい、準備完了。やっぱり乾杯からしないとね。」
「あ、ちょっと待ってくれ。」
「どうしたの?」
「この日の為の挨拶ってやつをやっとかないとな。」
「挨拶?」

遊戯にしか見せることの無い満面の笑みを浮かべると、アテムは慣れない正座になる。
それを見た遊戯もつられて姿勢を正した。

「相棒。」
「は、はい。」
「不束者ですが、よろしくお願いします。」

真剣な表情でそう告げると、深々と頭を下げるアテム。
もちろん三つ指ついての古式ゆかしいものだ。

「え…えぇ!?何、いったいどうしたの?」
「どうしたのって、日本じゃこうやるって聞いたんだぜ?」
「誰から聞いたのさ?」
「獏良。」

(完全に遊ばれてるな、ボクたち…)

成績優秀なアテムでも、日本の文化となれば知らない事の方が多い。
日頃どんな話をしてるのか、と遊戯はフクザツな気持ちになった。

「間違いじゃないんだろうけど、別にそこまでしなくても…って言うか!<もう一人のボク>可愛い…」
「そ、それは聞き捨てならないぜ!可愛いのは相棒の方だろう!?」
「ううん、絶対キミの方が可愛い!なんか、わかっちゃったよ、ボク。」

常にクールビューティー(笑)を自称しているアテムにとって、遊戯の言葉はマインド・クラッシュしかねない程のダメージだった。

「…何がわかったって言うんだ?」
「ナイショ。そんな事より乾杯しようよ!」

益々楽しげな遊戯を見て、アテムは獏良へ怒りの矛先を向けた。

(獏良め、憶えてやがれ!)

「それじゃ、かんぱーい!」

遊戯の掛け声に続いて、互いのグラスを軽くあてる。
チン、と小気味良い音が二人の間に生まれる。
アテムはグラスを傾けると真新しい白い壁を背景にして、美しいルビー色をした液体を眺めた。
それから香りを楽しむと、最初の一口分で咽喉を潤す。
けして作法に拘っているわけではなく、どこかで憶えた飲み方だった。

(すっきりした酸味とほのかな甘みの混じったワインだな。これなら相棒にぴったりだぜ…)

アテムが優雅にワインを楽しんでいる時、遊戯のグラスは倍以上の速さで空になっていた。
そして、またなみなみとグラスに注がれては消えていく。
迂闊だった。
その事態に気付いた頃には、既にボトルの残量は僅かとなっていたのだ。

「…相棒…ちょっとペースが速すぎるぜ。もう少し味わってだな…」
「もう1本あるから大丈夫だよ。」
「いや、そう言うことじゃなくて。」
「<もう一人のボク>全然飲んでないじゃん。もっと飲もうよ!」

(まるで聞いちゃいない…。だが、そこも可愛いぜ相棒。)

はしゃいでいる遊戯に水を差すような事も言えず、アテムは勧められるまま競う様に飲むしかなかった。
遊戯相手だとどうにも甘くなってしまう自分に苦笑する。
決闘王の唯一の弱点は、武藤遊戯以外には存在しないのだ。

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なんか、お約束(?)な空気が…(ゲフンゲフン)
王様、頑張れよ!とだけ言っておこう。