■「-&-」(2)■

他には何も要らないから
どうか神様…

ボクタチニ未来ヲクダサイ

記憶を失くした、と<もう一人のボク>は言った。

「…そんな……。」

あれ程の思いをして手にした記憶なのに、その全てが無駄になったと言うの?
ボクにはそれ以上かける言葉が見つからなくて、ただその場に黙って立っていた。
重苦しい空気が部屋を満たす。
しばしの、沈黙。
その静寂を破ったのは<もう一人のボク>だ。

「失くしたって言っても、転生してからの時間のダブリ部分なんだ。オレが何者だったかとか何があったとか、その辺は大体憶えてる。」
「そうなんだ…良かった。だって、せっかく君が記憶を取り戻したのに、また失くしたなんて悲しいもんね。」

ボクはほっと胸を撫で下ろし<もう一人のボク>へ視線を向けた。
だけど、ボクの目に映るその表情は曇ったままだ。
イシズさんも、心なしか悲しそうな顔をしている。
確かに、例え一部でも記憶が無いと言うのは辛いに決まってる。
また、何かの手段で取り戻せたらいいんだけど…。
ボクは皆を元気付けようと、態と明るく振舞った。

「でも、転生した後の記憶だったら…何かの拍子に思い出せるかも?頭を思いっきりぶつけたら思い出すとか、ああいう感じで!」
「ファラオ…いえ、アテムは『転生後の重なった時間の記憶』の事を言ったのです。彼は人として17年前に、この世に生を受けた事になっています…それは、あなたとの時間も含まれているのですよ。」
「イシズさん…?―――それって…ボクを憶えてないって事?でも、さっき…」

イシズさんの言葉を肯定するように<もう一人のボク>が寂しげに言う。

「すまない。…騙すつもりは無かったんだ。」

同じ顔、同じ声、―――もう一人のボク。
だけど…、君じゃないの?君は誰なの?
やっぱり君は、嘘つきだよ…。
ボクは一日のうちに希望と絶望を味わう事になるのか。
やり場の無い感情が今にも溢れそうで、ボクは視線を落とした。

「あ…謝られても…ボクは、別に…」
「そこで、提案なんじゃが。」

いったいいつから居たのか、突然現れたじぃちゃんが口を挟んで来た。

「じぃちゃん!いつ帰って来たの?って言うか、いつからそこに?」

ボクの質問を綺麗に無視して、じぃちゃんは話しを続ける。

「実はな、遊戯。この事は、前にイシズさんから相談されておってな。アテム君をウチで預かる…と言うか、まぁ、早い話、武藤家で引き取ろうと言う事で話がついておるんじゃよ。」
「え!?」
「詳しく話すと、ちぃとばかし複雑なんじゃが…転生したアテム君は、ワシらとは無縁ではない事がわかったんじゃ。」
「無縁じゃないって、どう言う…」
「若気の至り、とでも言っておこうかのぉ。ワシに子供がおって、その子が産んだのがアテム君らしいんじゃ。 死んだばぁさんと結婚する前の話なんじゃが、ワシも驚いとるよ。」
「えぇーーーーーッ!?」
「要するに、お前とは従兄弟と言うことじゃな。」

それって、どんなご都合主義?
エジプトの神様―――かどうかは知らないけど、<もう一人のボク>を転生させるため無茶苦茶ともいえる奇跡を起こして見せたってわけ?
ボクはあまりの出来事に拍子抜けし、その場にへたり込んだ。
もしかしたら、嘘をついたボク、―――ううん、ボク達への罰なんだろうか。

ボクの嘘は<もう一人のボク>のためだと言って、『戦いの儀』を受けたこと。
本当は戦いたくなんかなかった。
誰よりも傍に居たいと思っていたのは、ボクだ。
そして<もう一人のボク>の嘘は、ずっと傍にいると言ったのに、冥界へ帰ったこと。
ボク達は、お互いを言い訳にして…本当の気持ちから逃げてしまったんだ。
だから、これはその代価なのかもしれない。

ボクのそんな思いは誰に知られる事も無く、結局、立ち話もなんだからと、リビングへ移動する事になった。
急な展開にも関わらず、あっさり現実を受け入れられちゃう武藤家の人々は凄い。
少しは驚いてよ、と思うよ。
じぃちゃんなんか、さっきからイシズさんの隣でテンションが上がりまくりだ。
ボクはと言えば、<もう一人のボク>の隣で、緊張感と戦っていた。

「相棒、どこか具合でも悪いのか?」
「べ、別に…」

<もう一人のボク>をチラ見する。
すぐに目が合って、視線をやり過ごす…これの繰り返し。
ボクはどうするべきなんだろう。
記憶が無いと聞かされてから、何を話していいかわからないよ。
そんなギクシャクしたボク達に同情したのか、見かねたイシズさんが微妙な助け舟を出して来た。

「アテム、長旅で疲れたでしょう。先に休ませて貰っては如何です?遊戯、案内してくれますか?」
「おぉ、そうじゃな!それがいい。積もる話もあるじゃろう。ほら遊戯、ボケッとしてないで行った行った。」

このお調子モノ!(←心の叫び)
この時ばかりは、お気楽なじぃちゃんが恨めしかった。
ともかく、ボクは<もう一人のボク>を部屋に案内することにした。
千年パズルを組み立て<もう一人のボク>が現れてから、一緒に過ごした部屋。
今の君には、どう映るのかな?
もしかしたら、なんて期待しても無理なのはわかってる。
それでも、ボクは…少し嬉しくなった。

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序章長ッって感じですが。
更にまだ続きます…(^^;