■「-&-」(1)■

ボクは嘘をついた。
キミも嘘をついた。

そして…ボクは、ここにいる。

終業のチャイムが鳴って、椅子と床が擦れる音が教室を埋める。 声を掛け合って帰る人、部活に向かう人、教室はあっと言う間にガランとなった。

「遊戯、もう帰んのか?」

カバンに教科書を詰め込んでいると、城之内くんが声を掛けて来た。

「今日は、じーちゃんの代わりに店番しなくちゃいけないんだ。町会の寄り合いがあるらしくて…。」
「そっか、それじゃデュエルってわけにはいかねぇよな。」
「ごめんね、城之内くん。」
「じいさん孝行も大事だからな、気にすんな。…となるとだ。杏子もさっさとバイトに行っちまったし、本田でも捕まえるかー。」
「…俺が何だって?」

タイミングよく現れた本田くんが、言いながら城之内くんにジャブを打ち込むしぐさでからかった。

「いや、遊戯が今日はダメだって言うからさ。お前とデュエルでもしよっかなぁ、と」
「なんだ、その「しようがない」みたいな顔はッ。」
「だってお前とじゃ勝負になんねぇじゃん?」
「言ったなー、俺だってやる時はやるんだぜ。」
「よーし、んじゃ負けた方がバーガー驕りな!」

エジプトから帰国して数ヶ月が過ぎていた。
季節は確実に移り変わったけど、ボクの目に映るものは変わらない。
いつもの日常、いつもの風景、ボクの大切な仲間達。

なのに…胸が疼いた。

2人を見ているとなんだか楽しい気持ちになる。
君達と友達になれて本当に良かったと思ってるよ。
ボクは心の中で、そう告げた。

「じゃ、城之内君、本田君、また明日!」
「おう、またなーッ!」
「気を付けて帰れよー。」

廊下に出てもずっと聞こえていそうな2人の会話を背中に、ボクは足早に教室を後にした。

…ボクは嘘つきだ。

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「もう、なぁにこれーーーーッ!」

今日の寄り合いがよっぽど楽しみだったのか、じーちゃんは夕方に届いた予約分のカードを手付かずのまま放って行ったみたいだ。
ボクはひとりごちてから、注文数と入荷数をチェックして、種類別にショーケースに仕舞う。
予約のお客さんに入荷連絡をTELで知らせたりして、ただの店番の時には気にもしてなかったけど、探せば結構やる事はあるもんだ。
ボクは何かに追われるように、夢中で仕事をこなして行った。
こういう日常がボクには似合ってる。
平凡で穏やかな時間。

「うーん、なんか今日はすっごく働いた気がするなぁ。」

ふと気がつけば、もう閉店の時刻だ。
照明を落とし、大きく伸びをしてから、店の鍵を閉めるためにドアへと向かった。
…その時だ。
急に扉が開いたと思った途端、飛び込んでくる人影。
咄嗟に避けることには成功したものの、ボクは勢いあまって床にしりもちを着く。

「いたたた…。」

痛みに少し涙目になっているボクの前に、すっと差し出された手。

「すみません、ちょっとびっくりしちゃって…。」

その手に素直に掴まって起き上がろうとした瞬間、ボクは自分の目を疑った。
時間が止まった、ような気がした。
いや、もしかしたら転んだ拍子に頭でも打って、夢を見てるのかも知れない。
だけど…だけど、掴んだ手の感触はやけにリアルだ。

「大丈夫か、相棒。」

その人影は、確かにそう言った。
懐かしい、優しい声音で『相棒』と。
ボクの事をそんな風に呼ぶ人間は、一人しかいない。
咽喉が焼けるようだった。
口の中がカラカラに乾いて、思うように声が出て来ない。

「も…一人の…ボ…ク…?」

やっとの思いで絞り出せた言葉。
今のボクには、あまりに重い。

「やっと会えたな。…ほら、立てるか?」

しっかりと握られた手に引き寄せられて、ボクの身体は重力を失った。
そのまま<もう一人のボク>の懐に納まる。

「ど…、どうして?」
「その説明は、私からいたします。」

ふいに声を掛けられて、ボクは慌てて<もうひとりのボク>から離れた。

「お久しぶりです、遊戯。」
「イシズさん!」
「お元気そうですね。」
「イシズさんが居るって事は、また千年アイテムに関する何かが起きたって事?」

挨拶もそこそこ、久しぶりの再会を喜ぶ余裕なんか無い。
不安そうに尋ねるボクに、イシズさんはにっこり微笑んで首を横に振った。

「そうでは無いのです。あの時…『戦いの儀』の後、確かに千年アイテムは封印されました。それは、あなたも憶えていますね?」
「もちろんだよ。だって…だって、それで<もう一人のボク>…ファラオの魂は冥界に還ったハズじゃないか。」

ボクは<もう一人のボク>とイシズさんを交互に見て、未だに状況が飲み込めずに困惑した。

「千年アイテムを失った私に、もう、未来を見ることはできません。この事は、まったく予測していない出来事でした。…ただ、思うのです。人はこれを「奇跡」と呼ぶのではないか、と。」
「…奇跡…」

そこから先は、イシズさんが事の顛末を教えてくれた。
<もう一人のボク>が、今までどうしていたのか…。
簡単に言うと<もう一人のボク>は、現世に転生したらしい。
冥界に還った後、三千年もの長きに渡る業に審判が下され、本人の望み「現世への転生」が叶えられたと言う。
そして、普通の人間として(…この時点でもう普通じゃない気がするけど)この世に生を受けて甦った。
もちろん、現世で生活する為のあれこれはイシズさんたちが、手配に奔走したらしいんだけど。
それより、何より、ボクが気になったのは<もう一人のボク>の身体はどうしたのかって事だ。
器であるボクはここに存在(い)るわけだし…。

「なんとなく、わかっては来たんだけど…。転生って事は、君の記憶とか身体とかはどうなったの?」

ボクの質問に耳を傾けていた<もう一人のボク>が、静かに言った。

「オレは…また記憶を失くしたんだ。」

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えーっと、なんか王様が空気ですみません。
まだまだ続きます…(^^;