■はじまる波■
がくん、と足から落ちていく感覚にボクは驚いて目を覚ました。
冷たい硬質な感触が頬から伝わる。
どうやら床のような場所で寝ていたみたいだ。
何故『床のような』のかと言うと、辺りが真っ暗で良く見えないから。
頭がすっきりしなくて、何も憶えて無い。
「いったいここは、どこなんだろう…」
しばらくすると目も慣れてきて、遠くに小さな明かりが見えることに気付いた。
ここに居ても仕方ない。
ボクは恐々立ち上がると、その明かりを目指すことにした。
1点の明かり以外、本当に何も見えない。
って言うか『何も無い』感じ。
これじゃ時間の経過も距離感も全然わかんない。
「やっと着いたぁー。」
明かりが何か判断できる所まで近づいたボクは、安堵のため息を漏らした。
でも、それは直ぐに不安に変わる。
「<もう一人のボク>…?」
暗闇に浮き上がるように存在している『明かりだと思ったもの』は、見覚えのある扉だった。
そう言えば、さっきから<もう一人のボク>の意識が感じられない。
ボクは胸騒ぎを感じて、扉を開けようと手を掛けた。
動かない。
強固なまでに閉ざされ、ビクともしない。
「<もう一人のボク>居るの!?」
押しても引いても駄目だ。
なら、叩くしかない。
ボクは<もう一人のボク>を呼びながら、必死で扉を叩いた。
「どうしたの?何かあったの!?<もう一人のボク>居るなら出てきてよ!!」
扉を叩く鈍い音とボクの叫び声だけが、辺りに木霊する。
きっと<もう一人のボク>に何かあったんだ。
どうしよう、どうしたら…。
「<もう一人のボク>ッ!!」
もう一度、叫んだ。
出来る限りの大声を出したと思う。
次の瞬間、永遠に閉ざされたままに思われた扉が開いた。
ボクは転がりそうな勢いで、中に走りこんだ。
そして辺りを見回す。
前に来た時と同じ、迷宮のような空間が広がっているだけだ。
「どうした、相棒。」
聞きなれた声が背後から聞こえた。
急いで振り返る。
「<もう一人のボク>無事だったんだね!」
「無事…?何の事だ?」
「何のって…様子が変だったんだよ。呼んでも出てきてくれないし。…この部屋の外も真っ暗で何も見えないんだ。」
「おいおい、寝ぼけたんじゃないか?いつもと何処も変わりはないぜ。」
そう言って笑うと、ボクに扉を開けて見せる。
外は真っ暗どころか、正面に開放状態のボクの部屋が見えた。
「ほらな?」
「でも…」
「宿題でもしながら寝ちまったんだろ。」
「そう…かな?」
<もう一人のボク>の言葉に、張り詰めていた気持ちが緩んで、その場にへたりこんでしまった。
「そっか、そうだよね。」
「あぁ。」
「なんか気が抜けちゃったよー。」
「そそっかしいな、相棒は。ほら、早く戻った方がいいぜ?寝坊して遅刻するとヤバイだろ。」
「うん。なんか、ごめん。」
ボクは、気恥ずかしくなってそそくさと部屋を出た。
「それじゃ…また…」
言い終わらないうちに―――。
<もう一人のボク>の部屋の扉が閉まる。
閉まりきる直前、微かな隙間から見えた<もう一人のボク>の横顔は、とても辛そうだった。
「あ……」
呼び止めようとして、でも、できなかった。
バタン―――
今まで気にもしなかった扉の閉まる音が、やけに耳に残る。
ボクはしばらくその場から動けなくて、眼前の扉を見つめていた。
そのまま意識が遠くなる。
(踏み込む覚悟があるなら入って来いよ。ゲームが待ってるぜ。)
「……ッ!」
心の部屋から戻ったボクは、机にうつ伏せたままだった。
「ゆ、夢…?」
<もう一人のボク>の声が聞こえた…気がした。
意識をはっきりさせようと頭を振る。
そう言えば、小テストがあるからって珍しく勉強してたんだっけ。
ぼんやりと、心の部屋での事を考えながらノートの跡が付いた頬を擦る。
よせてはかえす波のように、胸の奥が疼く。
この時のボクは『その先にあるもの』に、まだ気付きもしなかった。
END
自分用「お題」でした。
なんだか暗~いものを予感させる内容ですみません。(汗)