■ジョーダンじゃないんだよ(1)■

武藤遊戯、17歳。
ボクは今、人生最大のピンチに遭遇してる…のかも知れない。

「相棒…」

微かに熱を含んだような声音で、<もう一人のボク>が耳元で囁く。
壁際に追い詰められてるように感じるのは、気のせいだよね?
しかも、心なし身体がホールドされているような…。

「ちょ…なんか近い…近すぎだってば!」
「オレは焦らされるのは、あまり好きじゃないんだが…」
「焦らすって何!?って言うか、そんな真顔で言わないでよッ。とにかく、ちょっと離れて!」

納得いかないと言う顔の<もう一人のボク>を制して、ボクはなんとかその場を凌いだ。
そもそも、なんでこうなったんだっけ。
ボクの心の部屋で、ついさっきまで一緒にデッキを組んでいたじゃないか!

「自分から誘っておいて、酷いぜ。」
「なッ、何で?ボクが!?」

すっかりご機嫌斜めの<もう一人のボク>は、子供みたいにぷいっとそっぽを向いてしまった。
そんな事言われても、ボクには何が何だかわからないんだよ。
ボクから誘った?
そんな事してない、絶対してないッ。
例えるなら、今のボクは読み取れない不明ファイルに強制終了状態、そんな感じ。

「え~っと…」
「オレとするの嫌なのか?」
「す…するって?…え?えぇッ!?」
「そんな、驚くような事じゃないぜ。」

<もう一人のボク>が大袈裟にため息をつく。
確かに、心の部屋でお互いの気持ちを確認した。
結果から言うと、ボク達は「両思い」って事になる。
だけど、ボクは男で、キミだって男なわけで…それでどうしろって言うのさ。

「確認なんだけど…、キミはボクと…あの…そーゆー事がしたいって思ってる?」
「確認するまでもないぜ。キスだってマトモにしちゃいないんだからな。」
「ボク達、男同士だよ?」
「問題ない。」

きっぱりはっきり、いっそ清々しく思える程の答えに目眩がした。

「どこが問題ないんだよ!?問題あるだろッ!」
「オレは相棒が好きで、相棒もオレを好きだろ?それのどこが問題なんだ?それとも、やっぱり城之内君が気になるのか?」
「城之内君は親友だって話したでしょ。だからね、そうじゃなくって…」
「じゃ、決まりだな。」

抵抗する間もなく肩を押さえられ、ボクは壁に縫い止められて硬直する。
<もう一人のボク>の揺るぎない視線、その不思議な色の瞳に捕われてしまう。
名も無きファラオ、千年パズルに封印されていた古代エジプトの王の魂。
性別の垣根をものともしないのは、やっぱり王様だから?
…って、感心してる場合じゃないだろ!
しっかりしろ、ボク!!

「ま、待ってよッ…」
「待てないって言ったら?」
「キミはいつだって強引過ぎる!ボクの気持ちはどーでもいいってワケ?」
「どうでもいいとは思ってない。」

ここで怯んでなるものかと、ボクは非難を含んだ目で訴えた。
<もう一人のボク>の手が肩から力なく離れる。

「…すまない。」

あれ?
意外と素直だ。

「相棒が、そんなに嫌がってるとは思わなかったぜ。」
「<もう一人のボク>?」
「もう二度としない…。」

捨て猫みたいな寂しい顔をして、<もう一人のボク>はそのまま自分の部屋に帰ってしまった。
バタン、っと扉の閉まる音だけが残った。

「な、何なんだよ。」

まるで、ボクが悪いみたいじゃないか!
胸がザワつく。
結局<もう一人のボク>は、何でも自分で判断して決め付けて…。
ボクは、不貞腐れてその場に寝転んだ。
<もう一人のボク>の寂しげな顔が脳裏から離れない。

「……。」

決め付けてるのは、ボク。
好きだって言われて嬉しかったクセに、肝心な事は見ないふり。
<もう一人のボク>との関係が変わってしまうのが怖い。
男として一線を越えるのが怖い。
臆病な自分の言い訳を<もう一人のボク>へ転嫁して、居心地の良い場所だけを確保しようとしてるだけなんだ。

「怒ってるよなぁ…。」

何も無い天井を見つめてひとりごちた。
ボクだって、普通に、色々、興味はある。
ビデオの貸し借りだってしてるし、城之内君とそう言う話だってする。
でも、それとボクの状況と違うよね?うん、違う。
だって、相手は<もう一人のボク>なんだから…。

ボクは結論を出すことが出来ず、途方に暮れた。

→(2)へ続く

続いちゃうみたいです。
相棒の葛藤は続く???
ここで書いておかないと、After編とかパラレル編とか語れないですもんね。(笑)